2025-08-12

21:02:27

仁徳天皇陵を歩いて一周してみます。万葉の歌碑があります。仁徳天皇の后は一般人出身との話が面白いです。万葉の歌は恋の歌が多いです。古墳時代は有力豪族が婚姻で合従していった時期、恋の政治の時代と言えましょう。法治でも人治でもない、恋治政事が倭の五王の時代なのでしょう。

20:57:54

履中天皇陵を見に行きます。簡単な展望台がありました。いいね。ちなみに履中天皇は歴史上の人物扱いのようです。その父親の仁徳天皇の陵よりこちらが先に作られたようです。宮内庁の治定が正しいとすると、仁徳天皇は長生きしたので二つ目に作った陵を仁徳天皇陵としたのかもしれませんね。

20:38:51

一方で古墳時代には国内戦争はあまりなく、巨大古墳自体海外から瀬戸内を通って倭に向けて上陸する海外からの船から良く見える位置と向きなのだそうです。なるほどー。

20:35:07

ビジターセンターで動画など見てからまずお参り。そして博物館に入ります。じっくり見て回り足が疲れました。副葬品の鉄は全て輸入していたと知ります。ずいぶんな輸入超過貿易のはずです。ただ倭は珍しい物が多いと宋や新羅に認識されていたそうです。

20:32:27

月曜祝日の翌火曜なので博物館は大抵休みです。堺市博物館がたまたま開館のようなので行ってみます。昨日の履中天皇桜宮に、陵は百舌鳥と書いてあったので見てみようとも思います。百舌鳥駅を降りると仁徳天皇陵の森が見えています。